
「またやってしまった…」
夫にきつい言い方をしてしまった。
子どもを必要以上に叱ってしまった。
そのあと自己嫌悪に陥り、
「どうして私はこんな母親なんだろう」
「どうして家族にばかりこんな態度をとってしまうんだろう」
と、自分を責めてしまう。
このようなお悩みを伺うたびに感じるのは、多くの方が、ご自身を責めるあまり、主に「怒ってしまったこと」だけに目を向けているということです。
もちろん、その出来事はとても気になると思います。
でも、本当に見つめたいのは、その少し手前で心に何が起きていたのかということです。
その日一日を振り返ってみる
たとえば、
職場で嫌なことがあっても何も言えなかった。
ママ友とのやり取りでモヤモヤしたまま帰ってきた。
「大丈夫」と答えたけれど、本当は全然大丈夫ではなかった。
そんな出来事が、一日の中にいくつかあったとしたら。
その一つひとつは小さなことに思えるかもしれません。
けれど、そのような出来事が積み重なると、心は少しずつ疲れていきます。
そして、もしそのような毎日が何か月も、何年も続いているとしたら。
きっとその疲れはさらに大きくなっていくでしょう。
家に帰り、ほんの小さなきっかけでイライラが募ったり、感情的になってしまうとき、その反応は、その日一日だけを見ても理解できないことがあります。
今日一日の出来事と、それまで積み重ねてきた日々。
その両方が重なって、今の反応につながっていることも少なくありません。
だから、
「子どもがおもちゃを片づけなかったから怒った」
「夫の一言に腹が立った」
というだけでは、その出来事を理解するには少し足りないのです。
本当に見つめたいのは、
その日一日を通して、自分の心がどんな時間を過ごしてきたのか。
そこに目を向けることです。

心の声に気づくことから始まる
そう考えると、「怒ってしまった」という出来事は、心からのメッセージとして見えてくることがあります。
「少し無理をしすぎていたよ」
「本当はつらかったよ」
「少し休みたかったよ」
そんな声が、家族との出来事をきっかけに表れていたのかもしれません。
こんなふうに、その日の自分を振り返ってみる。
すると、これまで「怒ってしまった」という結果だけを見ていたときには気づけなかった、自分の心の状態が少しずつ見えてくることがあります。
家族との関係をよりよくしたいと思ったとき、多くの方は「怒らないようにしよう」と努力します。
でもその前に、自分の心がどんな一日を過ごしてきたのかにも目を向ける。
その小さな習慣が、ご自身をより優しく理解することにつながり、少しずつ家族との関係に良い影響を与えていきます。
一日の終わりには、「怒ってしまった私」だけではなく、「その日を一生懸命がんばってきた私」もいたことに気づくかもしれません。